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天の用語

葬列

葬列とは、葬送のため遺族や近所の人、関係者が行列を組み、遺体を火葬場や墓地へと運んで行った「野辺の送り」のことを指す言葉です。現代では、遺体の運搬は霊柩車が担い、遺族や親族でバスなどに分乗して、火葬場へ向かうことが一般的になっています。死を告知し、告別するものとしての葬列は、告別式という儀式に変わってしまいました。自宅葬が中心で、告...続きを読む

前夜祭

前夜祭とは、キリスト教の通夜にあたるものです。カトリックでは通夜の儀とも呼ばれています。通常、故人が所属する教会で行われることが多く、喪主、遺族、親族が前の方の席に、他の参列者は席順にこだわらずに座席につきます。キリスト教では、死は天に帰るということで、必ずしも悲しいことではないという考え方を取ります。前夜祭では、賛美歌を歌ったり、...続きを読む

寿命

寿命とは、生物の命とその長さのことで、生まれてから死に至るまでの時間をいいます。あらかじめ、決まっていたかのように仮定した命の長さも寿命と呼びます。若くして亡くなることを夭折(ようせつ)といいますが、長生きをして、老衰で亡くなることは、寿命といいます。天寿を全うしたなどともいいます。生まれてきた使命を果たし、命が尽きることをいいます...続きを読む

三尊仏

三尊仏は、中尊と左右の脇侍(わきじ・きょうじ)からなるもので、3つの仏像が一組になったものです。中央の仏像と、左右の菩薩を配置しています。阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)、釈迦三尊(釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩)、薬師三尊(薬師如来・日光菩薩・月光菩薩)などが有名な三尊仏といわれています。組み合わせは数種類あり、仏像のす...続きを読む

蘭渓道隆

蘭渓道隆とは13歳で出家し、1246年に弟子とともに中国から来日した臨済宗の僧侶です。そして1253年に北条時頼によって鎌倉に建立された建長寺に招かれて臨済宗を開きました。日本では最初に鎌倉の寿福寺に入って臨済宗を広め、その後鎌倉の常楽寺で住持となりました。そして建長寺が建立されると臨済宗の開祖として開山しました。蘭渓道隆の日本での...続きを読む

和讃

和讚とは釈迦や仏、仏教の教義などを日本語で賛美する歌のことです。仏教はインドから中国を経て日本に入って来たことから、仏教の経典や讃歌はインドや中国の言葉で作られたものをそのまま使うことが多いのですが、それを日本人にも意味が分かりやすいように日本語に翻訳したものを和讚といいます。和讚は元々は親鸞聖人が作ったと言われていますが、その他の...続きを読む

北野天満宮

北野の天神さまとも呼ばれて親しまれている京都の北野天満宮は、受験の神様として知られる菅原道真公の霊を沈めるために建てられたとされています。菅原道真公は、無実の罪で左遷された後に命を落とし、その後京都に数々の天災が起きたことから菅原道真公の祟と言われ、その御霊を鎮めるために建てられたのが始まりとされています。そしてその後、一条天皇の勅...続きを読む

蓮華

蓮華とは蓮の花、スイレンのことを指します。「レンゲ」と言えば、中華料理のスプーンや春の田んぼに咲くピンク色の小さな蓮華草という花を思い浮かべる方が多いかと思いますが、仏教で言う蓮華とは蓮の花を指します。蓮の花といえば仏教には欠かせないもので、例えば仏像が立っている足元に蓮の花があったり、脇に蓮の葉が添えられているものが多く、中国やイ...続きを読む

薬師如来

薬師如来とは、薬壺を持ち病気を治す仏様として知られる、如来の一尊です。西方極楽浄土の阿弥陀如来に対して、薬師如来は東方浄瑠璃界(いわゆる現世)の教主とされています。阿弥陀如来は死後の来世の平穏を司る仏なのに対して、薬師如来は現世での苦しみを取り除き安泰を司る仏として扱われています。如来とは、そもそも人間が解脱し悟りを開いた状態を指し...続きを読む

祇園祭

祇園祭は、京都の八坂神社のおまつりで、日本三大祭りの一つに数えられています。平安時代から約1100年も続くといわれ、天災を起こす怨霊を鎮めるために営んだ御霊会が由来になっていると言われています。広大な庭園になっていた神泉苑に、当時の国の数にちなんで66本の鉾を立てて、スサノオノミコトを迎えて災厄がなくなるように、祈ったのが始まりとさ...続きを読む

蓮如

蓮如(1415~1499)とは、室町時代に活躍した浄土真宗の僧侶です。父は本願寺第7世の存如で、後にその跡を継ぎ、本願寺第8世となります。浄土真宗では、蓮如のことを「蓮如上人」と尊称しますが、「本願寺蓮如」と呼ばれることもあります。蓮如が、親鸞の教えを説く切っ掛けとなったのは、実母との生別でした。実母は、6歳の蓮如と別れる際に「親鸞...続きを読む

法然

法然(1133年~1212年)とは、平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍し、教えを広めた日本の僧侶です。法然がはじめに触れたのは、大乗仏教の宗派のひとつ「天台宗」で、場所は比叡山でした。修業を積み、比叡山を降りたのは1175年43歳の時で、その後は東山吉水に住居を置き、念仏の教えを広めることに努めました。この1175年が浄土宗の立教開...続きを読む

脇侍

脇侍とは、仏教彫刻・線画において、中尊(ご本尊=中央に位置する、信仰の中心となる仏様)の左右に控える存在で、明王・天・菩薩などがそれに当たります。脇侍は、中尊が持つ教化を補佐する役割を持っており、中尊と脇侍の両方を揃えることで、より深く仏教・教化に触れることがかないます。中尊と脇侍の組み合わせは宗派により異なります。真言宗・・・中尊...続きを読む

法華経

法華経とは、仏教経典の一つです。原品は梵語(サンスクリット)で記されており、その名は「サッド・ダルマ・プンダリーカ・スートラ」といいます。意味はそれぞれ、サッド・ダルマ=妙法、プンダリーカ=蓮華(白)、スートラ=経となります。法華経には様々な訳本が存在しますが、私たちが普段ふれているのはその内の一つ、羅什訳の「妙法蓮華経」です。現存...続きを読む

野焼き

野焼きとは火葬場や斎場がなかったころ、町はずれの野原で遺体を火葬した習慣のことです。野焼きは昭和後半になっても、火葬場へのアクセスの悪いところでは行われていたといいます。今でも屋外の野焼き場が残っている地域もあります。続きを読む

東大寺

東大寺は、奈良県にある華厳宗の大本山で、奈良の大仏が鎮座する寺としても有名です。聖武天皇が皇太子を供養するために建立した金鐘寺が東大寺の前身です。南都七大寺の一つに数えられます。奈良の大仏として知られている盧舎那仏は、東大寺の本尊になります。奈良の大仏は観光の目玉ですが、同時に信仰の礼拝対象でもあります。大仏が鎮座する大仏殿は、木造...続きを読む

国葬

国葬は国に功労があった人が亡くなった際に、国家儀式として行われる葬儀のことをいいます。国費を使って行う葬儀です。戦前には勅令として行われていたものの、大正15年に国葬令が公布され、主に皇族や国家に功績をのこした臣下について、天皇の特旨として行われていました。元首相、左右大臣、太政大臣、旧薩長藩主、王皇族などがその対象となっていました...続きを読む

日蓮

日蓮とは、日蓮宗の開祖で、鎌倉時代の僧侶です。16歳で天台宗清澄寺に出家し、法華経の信仰を説きました。辻説法などにおいて他の宗派を攻撃、論破したとして、伊豆に流刑になり、許されて戻るとさらに他宗派を攻撃したため、佐渡に流されました。赦免後は、身延山で弟子を育成し、61歳で入寂しました。続きを読む

道元

道元とは、日本曹洞宗の開祖で、鎌倉初期の僧侶です。13歳の時に、比叡山に出家し、明全に学び宋に渡りました。天童山で曹洞禅を学んだのち帰国しました。京都に興聖寺を開き越前で大仏寺を開創しました。禅風は修証一如、只管打坐で知られています。道元の教えである修証一如は、成仏は完成するのではなく、成仏の上にも成仏があると求めて、無限の修行を続...続きを読む

行基

行基とは、臨済宗の開祖で、奈良時代の僧侶です。百済系の高志氏の出で、百済王家の子孫とする説もあります。法相宗などに学んだ後に、橋を架け、堤防を作り、池を開き、布施による貧民救済などに、集団を作って活躍しました。行基菩薩と慕われ、民衆の支持を集めたため、僧尼令に反すると弾圧されたものの、聖武天皇の帰依を受け、東大寺大仏建立への協力を要...続きを読む

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