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蘭渓道隆

  • 読み:らけいどうりゅう
  • 別名:大覚禅師

蘭渓道隆とは

蘭渓道隆とは13歳で出家し、1246年に弟子とともに中国から来日した臨済宗僧侶です。

そして1253年に北条時頼によって鎌倉に建立された建長寺に招かれて臨済宗を開きました。

日本では最初に鎌倉の寿福寺に入って臨済宗を広め、その後鎌倉の常楽寺で住持となりました。 そして建長寺が建立されると臨済宗の開祖として開山しました。

蘭渓道隆の日本での人生は波瀾万丈で、元の密偵の疑いをかけられて伊豆に逃げ修禅寺に入り、その後京都の建仁寺・嘉福寺・禅興寺など多くの寺を周り、最終的には建長寺に戻りその生命を終えました。

死後にその得業をたたえて後醍醐天皇から大覚禅師という諡号を受けました。 これは日本では初の禅師号です。

蘭渓道隆の遺したもの

蘭渓道隆は日本で多くの寺を廻って臨済宗を広め、その得業を認められた高僧です。

鎌倉の建長寺にあった「絹本淡彩蘭渓道隆像」は国宝として現在は鎌倉宝物館に保存されています。

また蘭渓道隆は法語規則も遺しており、こちらも国宝に指定されています。

法語規則は直筆の墨蹟であり、蘭渓道隆の墨蹟はいくつか残されていますが、建長寺の方ご規則がその代表的なものとして知られています。

関連する用語:臨済宗, 建長寺, 大覚禅師, 絹本淡彩蘭渓道隆像, 法語規則
タグ:仏教 , 人名 , 臨済宗 , 開祖 , 中国 , 日本 , 僧侶

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