【妙光寺】新しいお墓「安穏廟」の誕生(2/4)

のこすかち
妙光寺(みょうこうじ)
新潟県新潟市西蒲区という過疎地域にある日蓮宗寺院。全国に先駆けて1989年に宗旨宗派を問わず、永代供養を約束し、跡継ぎの必要がない集合墓「安穏廟」をはじめた。

変化を恐れ過去にしがみつく人々

時代はバブル期に入り、人々の生活様式も変わっていった。

教団内部でも時代の変化にどうお寺が対応すべきか調査研究の必要性があると判断しプロジェクトチームがつくられ、社会学を学んでいた小川住職にも声がかかった。

調査の結果、檀家がお寺を支える仕組みは崩壊する。血縁、地縁のなかで役割を果たしてきたお寺の時代は終わる。もうすでに多くの地域でお寺が立ち行かなくなっている現実がある。

お寺同士で連携をとり、これまでの地縁を超えて人々のお役に立てる仕組みを創るべき。という結論に達した。
その研究レポートは外部から非常に高い評価を受けた。しかし、教団の一部からは「外部に恥をさらした」と批判を受けた。

調査だけではなく、具体的な取り組みとして、過疎地域のお寺の統廃合を提案したが「代々先祖が守ってきたお寺をつぶすことはできない」と反発を受け却下。

また、地元を離れる人が増えるため、教団で連携して葬儀お墓の相談に対応するセンターの立ち上げも提案もしたが、できない理由が並び結局は実現しなかった。

多くの組織でよく見聞きする事ではあるが、外部環境の変化を認識しつつもその変化に適応できず未来を犠牲にするさまがそこにもあった。

結局、リスクを負うことを避け、立場やプライドを守ることを優先してしまうのである。小川住職には、かつて両親が葛藤した因習と近しいものを感じていた。調査結果を受け、変革を主張したプロジェクトチームはその役を解かれた。

小川住職はその時のことを「いまから30年あまり前の話、当時としては画期的過ぎたのかも知れない」と振り返る。

2億円の資金で金利5%を受け取る

檀家さんと信頼関係を守りたいと継いだお寺だったが、地域の檀家さんとお互いに支えあっていく仕組みは時代の変化の中で確実に崩壊していく。

お寺も変化し、血縁、地縁を超えたもっと広いご縁の中で人の役に立てなければ存在価値はなくなってしまう。また経済的にも自立していかなければならない。

それなのに教団で提案しても実現しないのは、おそらく成功事例がないから。

実行を伴わないで正論を言うだけ、責任を持たない立場で提案するだけなら簡単だが、実際にそれを実行し結果を出すことは難しく、リスクもある。

それならば自分がそれを担ってモデルケースになろう。

こう決意し、檀家役員の総意で銀行から3000万円を借入れ、宗旨宗派を問わず、跡継ぎ不要で永代供養を約束する集合墓「安穏廟」を創るに至った。

取材していると小川住職は住職というよりも非常に先見の明がある敏腕経営者に見えてくる。根本に強い理念があり、そこから導いた明確なビジョンがあり、経済性も考慮した戦略を遂行し結果を残している。

新しいお墓「安穏廟」の創設は、ベンチャー起業家が事業をつくっていく経緯に重なる。

事業をつくる際に一番大切なのはその事業の目的。小川住職はお寺を残すことではなく、人に必要とされる事、人の役に立つ事を目的としている。

次にターゲットを明確にする必要がある。ターゲットがあいまいだと事業はうまくいかない。

その点、安穏廟はターゲティングが明確に定義されている。人々が生まれた土地を離れて都会へと移り住んでいく。そうして新しい土地で生活を始め、家庭を築き、子供が生まれる。

その子供たちがずっとその場所で生活していく可能性は極めて低い薄い。そんな時代に、お寺がいつまでも「お墓を求めるなら檀家にならないとだめ。」と時代錯誤な条件を提示していては当然必要とされない存在となる。

また、時代はどんどん個人の意思が尊重される方向へと進んでいる。そんな時代に子供達に価値観を押し付け「あなたがこのお墓を守りなさい。」と強制するのはナンセンスと感じる親は増えていくはずだ。

以上の考察からターゲットは「跡継ぎのいらないお墓を探す人」となった。

さらにこのターゲット層はどんな好みや特徴をしっかり分析している。高度経済成長を果たし、国内外の流行りや文化、デザイン等も見てきた世代。また華美な流行がどんどん入れ替わったバブルとその崩壊も見てきている世代。

そんな世代に向けて、安穏廟のデザイン、さらには、周りの風景もふくめたランドスケープデザインもきっちり練られている。

銀行借り入れ3000万円でスタートし、1円でも節約したいはずだが、小川住職の判断でデザインにはしっかりコストをかけてコンセプトをきちんと表現できるランドスケープデザイナーに依頼している。

実際に現地を訪れると分かるが、安穏廟のスペースはいわゆる田舎の墓地といった雰囲気はない。

本と飲み物を持ってきてここにずっといたいなぁと思わせるような空間である。自然と調和したなんとも清く心地よい安らぐ空間の中に直径18メートルの安穏廟が品よくとけこんでいる。

存在感はあるものの、威圧感はなく、荘厳な雰囲気を醸し出している。

妙光寺2

その直径18メートルの外周が108のスペースに仕切られ、購入者が個別に納骨できる“個室”になっており個々の納骨スペースが大きなモニュメントを形作る“一部”として役割を担い、合わせて一基の安穏廟をつくっているような構図だ。

しかし、跡継ぎのいらないお墓は当然継続性がない。それをどうやって運営していけばいいのか?

小川住職が考えた仕組みは、お墓購入者からいただいたお金をプールし、金利で永代供養していくためのコストを賄う仕組み。

安穏廟は1区画85万円。40年間で4基432区画を販売し、原価や最低限の経費を差し引いて2億円の資金をプールする計画をたてた。

2億円あれば年間5%の金利で1000万円の利子が受け取れる。(当時は日本国債の利回りが約7%)そうすれば住職家族が食べながら庭師さんや修繕費などの必要経費が確保できると。

結局わずか12年で4基432区画が完売し2億円の基金をつくった。しかし、予定通りでない部分も多々ある。

バブル崩壊以降金利は超低空飛行を続け、描いた通りにはならなかった。他にも苦心の種は尽きないが、新たに小規模なタイプのを安穏廟を増設し、経費をきりつめるなど、努力と工夫を重ねてきっちり自立し自走している。

理念があり、ターゲティング、マーケティングができていて、色々な困難にも倒れずに経済性も担保されている。どうしても素晴らしい事業を創った経営者に見えてしまう。

特に注目すべきは「バブル崩壊の失われた10年という時期に、どのように過疎地域の安くはないお墓がこれだけ売れる仕組みをつくったのか?」という点。

商品の良さだけではなく、その商品をターゲット層にきちんと知ってもらわなければ良い物でも売れない。小川住職はどうやって全国各地のターゲット層に安穏廟を認知させたのか?

実はそこに安穏廟の本質が隠れていた。
妙光寺3

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