ココロが整う「おりんのゆらぎ」。音のチカラを届けたい【心にいい日本の文化】

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まずは「おりん」の音をお聞きください。

<久乗おりんイメージムービー @内山邸>


https://youtu.be/87teNsMEJO8

「久乗おりん」のイメージムービーをご覧になって、従来のおりんのイメージとは異なったと感じる方も多いと思います。と同時に、初めておりんの音色をじっくり聞いたという方もいらっしゃるでしょう。

仏壇にあるのが当たり前と考えられていたおりんですが、近年は時代に見合った新しいスタイルのおりんもたくさん見かけるようになりました。

そんな仏具としての伝統的なおりんから、現代仏具といわれるデザイン性の高いおりんまで、幅広く提案している富山県高岡市の神仏具専門の制作卸、山口久乗さん。

制作卸だけでなく、おりんの魅力を世に広める活動にも力を注がれている山口久乗さんに、おりんの意味、「久乗おりん」の誕生秘話、現代仏具へ携わることになった経緯などお聞きしました。

きっかけは阪神・淡路大震災

加賀藩時代から400余年続く鋳物の町・高岡

富山県高岡市は、銅器のまちとして長い歴史を誇ります。1609年(慶長14年)に前田利長公が高岡に城を築いた際、河内丹南より鋳物職人(いものしょくにん)を連れてきたことで鋳物産業が盛んになり、以来400余年以上も続く地場産業となりました。

明治40年創業、今年で114年を迎える山口久乗さんは、銅器の中でも仏具中心に制作・卸を行なっている老舗です。伝統やしきたりを大切に守りつつ、近年は新しい仏具スタイルの提案も行っており、多方面から注目を集めています。

しかし、元々は伝統的な仏具のみで、今のようなデザイン性の高い仏具は取り扱っていませんでした。

「宗派によって仏具はだいたい決まったものでしたし、それを変えずに作っておりました。そういうものだと誰も疑問に思うこともありませんでした」

祈るための道具が凶器になっていた

伝統を大切にし、仏具のあるべき形を脈々と受け継いでおられましたが、26年前の1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災を機に変化します。

「被災されたお得意様へお見舞いにかけつけました。陳列のお仏壇はほとんど倒れ、破損状態で散乱。足が竦んでしまう悲惨な状況を前に、言葉を失いました」

灯立は背が高く、蝋燭をさす部分が長く鋭く尖っていたため、地震の激しい揺れで仏壇内部に突き刺さっていた。それを目の当たりにした社長(現会長)は、大変なショックを受けて「祈る道具が凶器となっている、この状況を変えたい」と強く思ったそうです。

「すぐに作ったのが“灯立から独立する台付芯”です。背の高い灯立を使わず、平皿の上に乗せて使える蝋燭立ての芯になります。これが私たちの新しい挑戦の原点となりました」

↑ 灯立から独立する台付芯
↑倒れにくい構造の灯立、一体成型の花立、安定感のある香炉
↑倒れにくい構造でつくられた灯立(ろうそく立て)

手を合わせる風習が減っている現実

芯を考案したのち、花立やおりんも倒れにくい構造で制作。その段階であらためて周りを見てみると、仏壇を持つ人が減り、お寺との付き合いを持たない人が増えていることに気づく。

「突然の被災で家族を亡くした方々の中には、自分の宗派をご存知でない方や仏壇のない生活が日常という方も多かった。そんな中で“供養したい”という思いから仏壇が欲しいとなった状況下では、宗派が…祀り方が…、それはいけない、こうせねばならない等といった縛りをされることのない“簡易な対象”や“心を寄せる祈りの空間”が求められているのだと思いました」

↑美しい薄柿色の香炉。重ね色で着色されており、光の当たり具合で雰囲気の違う色に

「仏具の形を変えることで、安全になったり、手軽になったり。また、気持ちがほぐれるようにと明るい色をつけるなど、およそ従来の仏具の常識から離れたものをつくりました」

伝統ある分野の作り手として疑ったことのなかった根本の部分。それを変えることは大きな決断だった。

当初は「これは仏具ではない」など多方面から意見をもらうことも多かったそうです。しかし、何もわからず困っている人へ届けたいという思いが勝り、お道具を変える決断をされました。

仏具だったおりんを暮らしの中に

おりんは、りん台があり、お座布団があり、その上におりん本体を置いてバチで叩くというのが一般的です。

「おりんの大きさにもよりますが、不安定な場所で叩くとコロッと転がってしまうことも。転がり落ちてしまうと傷みや割れも生じます。シンプルに転がり落ちない形にしたいと考え出したのが“高台りん”になります」

↑台と一体になったおりん「高台りん・遊亀」。音色を損なわず、美しく響く

おりんはとても硬い銅合金でできており、おりんと台を繋げる作業は容易なようで高い技術が必要なのだそうです。単純に一体化するだけでは音色が損なわれてしまうため、音のクオリティを守るために試行錯誤が繰り返されました。

「おりんの音色を損なわないために、高岡の鋳物職人の力と技をフル稼働してもらいました。どっぷり仏具の世界しか知らなかった私たちが、精一杯考えて作った最初のおりんですので思い入れが深いですね」

この「高台りん」が原点となり、デザイン豊かな「久乗おりん」につながっています。現在では、デザイン性の高い仏具は「現代仏具(モダン仏具)」と呼ばれ、多くの方々に親しまれていますが、周囲に受け入れてもらうまで長い月日が必要だったそう。

↑おりんにメッキを施す技術を可能にした最初のおりん「夢想りん」

「非常に戸惑いましたが、祈りの思いを誰もが持てるように、間口を広げたいという思いで“久乗おりん”をつくりました。自分で選び、自分の想いに沿ったお道具を使って欲しいと願っています」

仏具としてだけではなく、暮らしの様々な場面でおりんを使ってほしい。

それにはまず、手にとってもらわなければならない、興味を持ってもらわねばならない。そして気に入ってもらわなければならない。

ゆえに生活のあらゆるシーンに溶け込むように、豊富なデザインのおりんを作りはじめたのだそうです。

↑左から「てのりん」「ことりん」「まわりん」全ておりんです。インテリアとしても素敵

こころと空間が整う「f分の1のゆらぎ」

おりんの音の良さは何なのか?

山口久乗さんがおりんの音色を世に広め、多くの人に聞いてもらいたいと願う理由。

「私たちの届けたいのは“おりんのゆらぎ”です。ゆらぐ音は、気持ちを整えてくれて、緊張を解してくれます。チリンというおりんの音には1/fのゆらぎの効果があり、肩の力がふっと抜けていくような感覚がありますよね」

おりんの音は、体の深い部分に届くような感覚があります。耳で聞くというよりも、体の中の奥底に伝わるようなイメージ。それが荒んだ気持ちや昂った心に届き、本来の自分にスッと戻してくれる効果があるのだそうです。

「楽器はドを押すと“ドー”と直線的に聞こえます。しかし、おりんを鳴らすと“うわんうわん”と音がゆれますよね。これが音のゆらぎです。ゆらぎは、赤ちゃんがお母さんのお腹の中で羊水にフワフワ浮かんで漂っている感覚だと言われています」

<りんごりんの音風景ムービー>



おりんの「届く音」を感じてほしい

「たくさん背負い込んでいる重い荷物を足元にストンと落としてくれる感覚の音だと、あるお客様が言ってくださいました。誰もが大変な思いをしているコロナ禍の今こそ、聞いてもらいたい音だと思っています」

心や気持ちを整えたい場面は日常生活でもたくさんあります。緊張や不安で辛い時にも、ありたい状態に切り替えるきっかけをつくってくれる音なのだそうです。

↑書斎やリビングにも。ゆっくりと深遠な音のおりん「リンプラネット」

「以前、商品紹介でギフトショーに参加した際、広い会場の一番奥のブースでおりんを鳴らしていると“入口から良い音色が聞こえ、音を辿っていくとこちらへ辿り着いた”と言われたことがあります」

多くの人が行き交う騒然とした中で、小さくチリンと鳴らしたおりんの音が聞こえたことに驚き、あらためて「届く音」なのだと強く実感したそうです。

<アストロリンの音風景ムービー>



持ち歩けるおりん、手乗りのおりん

あらゆる場面を想定し、熟考して作り出された「久乗おりん」。そのラインナップからおりん初心者にオススメの商品を教えていただきました。

いつでも連れて歩けるおりん「おともりん」

「おりんは決して安いお値段ではありません。音にこだわって丁寧につくりあげていますから、お手頃な価格にはできないのです。その中で手軽にお試しいただけるのが“おともりん”です。持ち運べますので、様々な場所で楽しんでもらえると思います」

↑天然石でおりんをたたいて音を出します。台座にもなる手漉き和紙の袋つき「おともりん」

<おともりんの音風景ムービー>はこちら

https://youtu.be/1YCJFm1ATfQ

天然石の振り子で音を鳴らす持ち運べるおりん「おともりん」は、いつでも気軽に楽しんでもらいたいという想いから生まれたそう。

カバンに忍ばせておき、気持ちを整えたい時にチリンと鳴らしたり、お墓まいりに持って行ったりなど、いろんな使い方ができそうです。

音にこだわった手乗りおりん「てのりん」

「持ち運べるおりんとして最初に作ったのが“てのりん”です。黒い方が低い音、シルバーが高い音。ペアで呼応してもらえたらいいなという気持ちで、音にこだわって制作しました。直接手で振って音を出すタイプのおりんです」

シンプルでスタイリッシュ、小ぶりなサイズ感も扱いやすそうな「てのりん」。大切な人への贈り物や結婚式の引き出物などに使われることも多いそうです。

↑デスク周りやパソコン横にもちょこんと置くことができる手のひらサイズの「てのりん」

<てのりんの音風景ムービー>はこちら

https://youtu.be/piYYQM0GkLI

「取り組みをスタートした当時、新聞に取り上げていただきました。それをご覧になったお客様から“掲載のおりんの中で、どの音が一番天国に届きますか?”というお問い合わせをもらったことがあります。どのようにお答えすればよいか戸惑いましたが、思案の末に“てのりん”をお勧めいたしました」

その方はご自宅にお仏壇があり、当然おりんもお持ちでした。それでも、もっと音が届くおりんを欲しいと思われた。「届けたい」という思いを代弁してくれる「おりんの役目」を感じる素敵なエピソードです。

「“てのりん”はダイレクトに自分の手で振って音を出すおりんなのでバチを使いません。届けたい思いを指先に込めて振ることができると思いましたのでお勧めいたしました」

↑バチを使わず、手で振って音を鳴らすおりん「てのりん」

音で場を整え、浄化する置き風鈴「かざりん」

「昨年の全国伝統的工芸品公募展にも入選した“かざりん”は、いろんな場所に置いて楽しんで欲しいという思いで作った置き型の風鈴です。鳴り鐘というのは、邪気を祓い、場や空間を浄化する効果があると言われます」

鳴り鐘の音が聞こえる範囲は「聖域空間」となり、邪気や災いを遠ざけてくれる音として五重塔神社仏閣の軒の四隅に風鐸が吊るされています。風鐸を小型にして家の軒先に吊るしたのが風鈴です。

「かざりん」は室内で使う風鈴として、場を整える、浄化する為の音として役立ててほしいとのことです。

↑透明感のある涼やかな音で邪気を祓い、心を整えてくれる置き風鈴「かざりん」
↑扉などに取り付けるタイプのおりん。開け閉めするたびに優しい音が響く「どありん」

おりんのゆらぎを届け、広めたい

おりんの音の力を届けるために様々な活動をされている山口久乗さん。

より多くの人におりんの音色を届けたいと、中国の古代楽器である編鐘(へんしょう)を現代風にアレンジした「久乗編鐘(きゅうじょうへんしょう)」を制作。イベントなどで活用されていますが、2019年には奈良の東大寺にて奉納演奏も行われました。

「東大寺さんは、お寺内で肢体不自由の子どもたちのための施設を運営されています。そちらで久乗編鐘が音楽療法に使われています。“また慰問させてほしい”との申し出に“大仏様に喜んでもらえるようなちゃんとした会を開催しましょう”との話になり、大仏殿と金鐘ホールでの“現代散楽”奉納演奏会が実現しました。誠に光栄なことと心より喜んでおります」

↑2019年に東大寺盧舎那仏・大仏殿にて開催された「現代散楽」の風景

平成26年にはJR高岡駅の発車音として、おりんの音が採用されています。駅構内には「音曼陀羅」が常設されており、誰でも気軽に鳴らすことができます。

さらに現在、高岡市の小中学校のチャイムをおりんに変更する取り組みをされています。市内全ての小中学校をおりんチャイムにすることを目標に、少しずつ進めているそうです。

「高岡を離れた人たちが“高岡ってどんなところ?”と聞かれた時に、駅の発車音やチャイムがおりんの音だったよと言ってもらえたり、おりんの音を聞いて高岡を思い出してもらえたら良いなという思いが詰まっています」

↑JR高岡駅に設置されているおりん音具「音曼陀羅」

また、遊びながらおりんの音を体験できるように、洋音階と十二音律のおりん楽器「どれみりん」を制作。お寺が経営する幼稚園に使ってもらっているそうです。

「子どもたちの心がおりんの音で健やかになれるように。手を合わせる機会の少なくなった子どもたちに、遊びながら日本の文化を継承していただけたら嬉しい」

↑独特のゆらぎを持つおりんの音が美しく響く13音セット「どれみりん」

生活の中に溶け込む様々なおりんを制作することで、以前よりも格段に認知度が上がってきたと感じておられるそうですが、まだまだ道半ばとのこと。

↑思わず手にとって鳴らしてみたくなる。おりんのある風景「ことりん」

「生の音を聞いていただくことが一番なのですが、今は出向くこともおいでいただくことも困難な状態でもどかしく思っております。少しでも音イメージを感じてもらえるよう、ホームページに動画をつけました。ぜひおりんのゆらぎを体感してみてください」

丁寧なものづくりとおりん文化を広める活動が認められ、「久乗おりん」が令和2年に「富山県推奨とやまブランド」に認定されました。地域の伝統産業としての括りではなく、一企業の商品ブランドが認定を受けることはとても名誉なことだと思います。

チリンという音ひとつで本来の自分に戻してくれる、不思議な力を持つおりん。 お気に入りを選んで心と体を整えてみませんか。

(取材・文:編集ライター 田鍋利恵)

この記事の取材協力先

久乗おりん

https://www.kyujo-orin.com/

株式会社 山口久乗

http://www.kyujo.co.jp/

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