【妙光寺】全国から人が集まる過疎地域のお寺(1/4)

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妙光寺(みょうこうじ)
新潟県新潟市西蒲区という過疎地域にある日蓮宗寺院。全国に先駆けて1989年に宗旨宗派を問わず、永代供養を約束し、跡継ぎの必要がない集合墓「安穏廟」をはじめた。

全国から人が集まる過疎地域のお寺

新潟駅から海沿いの国道402号線に出て、右手に佐渡島を見ながら車で約1時間、目的の妙光寺に到着。見る限り周りに民家はぽつぽつとしかなく、今流行りの過疎地域で衰退していくお寺の典型的なローケーション。

しかし、境内に入ってみると、綺麗に手入れされた庭、新緑にとけこんだ華美ではないが美しい伽藍。何とも気持ちのいい空間で、衰退・荒廃感は全くない。



実はこの妙光寺、全国に先駆けて1989年に、宗旨宗派を問わず跡継ぎ不要で永代供養を約束する集合墓を創ったお寺である。

従来のお墓とは全く違うコンセプトのこの納骨堂「安穏廟(あんのんびょう)」は創設以来、全国から申込みが集まり、現在は1000区画以上が完売。現状は区画が足りていない状況である。

53代目として42年間住職を務めてきた小川英爾住職と2017年11月から54代目住職となる予定の良恵さん(小川住職の娘さん)にお話を伺った。

不要なものは消えていく

まず冒頭に「(こんな過疎地域で)お寺をどうやって残そうとしてきたのか」との問いに対して小川住職は「お寺を残そうなんて考えは毛頭ない。不要なものは消えていくだろうと思っている。お寺も同じ。」と。

ではなぜお寺を継いだのか?何を目指したのか?

実は継ぐ気はなく、大学では社会学を専攻し、日々仲間と熱く議論を交わしていた。

古いお寺だったのでしがらみもあり、古い檀家さんから「代々私の家は檀家としてそれなりの地位でこのお寺にかかわってきた。その私の意見を大事にしろ」という類いの圧力をうけ、苦悩する両親の姿を見ていたことも継ぐ気を無くさせていた。

しかし父親が急逝してしまった。

思い起こせば、因習に苦悩する姿だけではなく、小さいころから地域の役に立とうと努力する両親の姿も見てきていた。

例えば、田植えの時期には、家族総出で農作業を行うため、0歳の赤ちゃんでもお寺で預かっていた。そうして獲れたお米の一部がお寺に収められ、お寺も食べさせていただいた。

お寺が地域の人たちの生活を支え、そのお寺を地域の人たちが支える。この信頼関係が成り立っていた。

もしここで自分が継がなければ両親が誠実に守ってきた地域やご縁のある人との信頼を裏切ることになってしまう。そう考えて結局大学を卒業してすぐ22歳でお寺を継いだ。

守りたいのはお寺という建物ではなく、地域社会との信頼関係だった。

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