【若槻せつこ】「死んでしまうかも」2回目の自費出版を決意(3/4)

のこすかち
若槻せつ子(わかつきせつこ)
打掛をはじめとしたビンテージ着物に込められた伝統の技術や文化を後世に残したいと奮闘するファッションディレクター。自社ブランド「ローブ・ド・キモノ」を発信する若槻事務所代表。

「死んでしまうかも」2回目の自費出版を決意

若槻さんは、2018年に6回目の年女となる。

7〜8年前から兄や姉たちの看病が始まり、プライベートが慌ただしくなった。

「2年前に姉を見送った後、今度は自分が急性胃腸炎を起こして救急車で運ばれ、入院することになりました。しばらく何も食べられず、体重が42キロから35キロまで減ってしまい、引退しようかなと思いました。でも、本だけは出したい。早くしないと死んでしまうかもって思ったんです」

すぐに2回目の自費出版を決め、2017年の夏から京都や東北へ取材に出かけるようになった。

「若い方に知ってもらわなければ、日本の伝統花嫁衣裳は次世代に繋がりません。若い方に知ってもらうためには、若い方たちが日常的に使っているネットを使ってはどうかと思いました」

クラウドファウンディングについて勉強を開始。本の支援者を募ることにした。

「息子は打掛に全く興味がないので、早くどこかに引き取ってもらうように言われています。売ろうかと思ったんですが、できればバラバラに売るのは避けたい。どこかの博物館とか美術館とかに譲りたいと考えています」

2回目の自費出版を決めたのはなぜか。

「たくさんの方に本物を見てもらいたいのです。前回は友だちやお客さんにあげてしまいましたが、近くにいる人にあげても広がりません。ゆくゆくは展示会をやりたい。『織りってどんなの?』『相良刺繍って何?』『百聞は一見に如かず』です。実物を見てもらいたい。展示会に協力してくれる人と出会いたい。そのために動いています」

本を作るのが最終目標ではない。

「小学校でも中学校でもいい。本物を見せて、日本の文化を若い子に伝えたい。『着物の色や柄には意味があるんだよ』『打掛は魔除けの衣装、おもてなしの衣装だから、お嫁に行くときに着るんだよ』と、込められているその意味を教えてあげたいんです」

取材行脚の日々

2回めの自費出版本は、若槻さん自身が所有している打掛の他、東北の旧家・名家に残されていたものなどを掲載する予定だ。

「着物は手放してしまわれた家も少なくありませんが、今でも大切に受け継いでいる家もあります。ただ、古い打掛だけがいいわけでないのですよ。昭和のバブル期は、まだ職人さんも材料もあったから、贅を尽くしたものができました。でも今はもう織る機械もなく、特殊な染めや織りができる職人さんもいない。だから『次に繋いで欲しい』『頑張ってください』という想いを込めて、打掛のメーカーさんにスポット当て、最新の打掛も掲載する予定です」

掲載する打掛は、一番古いもので江戸時代のものだ。

「今と形は違いますが、打掛の始まりは平安時代頃。特権階級の女性しか着られませんでした。江戸時代になると小袖ができましたが、やっぱりちゃんとした身分の人しか着れません。昭和20年に終戦を迎えると、結婚式は親戚や近所の方に衣裳を借りて、自宅婚を行う時代になりました」

高度経済成長が始まり、日本が豊かになると、多くの人が振袖を買えるようになった。

「打掛はレンタルが主流です。昭和の終り頃にはコンピュータが出てきて、今はインクジェットで色や柄をプリントできるようになりました。時代によって流行や新しい技術が生まれるから、高ければいいとか安ければ悪いとかではありません。だけど、古い技術も残して欲しいし、今頑張ってる人にもスポットを当てたいと思います」

若槻さんには和装の知識はなかった。自ら勉強し、調べては問い合わせ、足を運び、取材を行う中で身につけていった。

「何度もすっぽかされたし、断られました。それでも、技術者から直接話を聞きたいのです」

撮影にはすべて立ち会い、実際に実物を見て原稿を執筆する。

出版は2018年1月末を予定している。

打ち掛けの魅力

若槻さんは打掛のどんなところに惹かれたのだろう。

「浮ついていない重厚感です。打掛には凝縮された日本人の美意識があります。京都で初めて見たとき、まるで一枚の絵のようになっていて『何これ!』って衝撃を受けました。譲ってもらってからというもの、ずっと眺めてました。『何でみんな着なくなったのかな』『他に活かせないかな』と考えたのが、『KIMONOドレス』の始まりです」

打ち掛け7
迷わずハサミが入れられたのは、宝物をしまいこんでおくことより、活かすことに重きを置いたからだ。

「和を否定して洋服にしたんじゃないのです。何としてでも次の世代に伝えたかった。洋服にしたのは手段です。もちろん、一番いいのはそのまま残すこと。だけど着る人が居なくなれば、今まで着ることで伝えられてきた文化や伝統、技術や想いが消えてしまう。外国人はアートとして高く評価しています。宝物は外に出ていく一方です。それを留めたかった」

和ブームが来てから10年ほど経つが、現在も打掛を着たいという女性は少なくない。

「打掛は、若い方よりキャリアウーマンに人気です。重厚感が欲しいのでしょうね。結婚式だと着るのに時間がかかるし重いので、前撮りで着る方が多いようです。ブームが一過性で終わらないためには、着てもらうこと、見てもらうことが大切です。そのためには、可愛らしいデザインの打掛もあっていいと思います。新しい技術やデザインも否定しません」

昭和の初め頃までは、結婚式で女性が自分の好きなものを着ることは難しかった。しかし今は、着たいものを自分で選べる。

「若い方が知らないことには文化が残っていきません。4年前から亜細亜大学で、年に1回着物の文化を伝えるための講義をしているのですが、みんな『打掛なんて初めて見た』って言います。『古いものって悪いものじゃないのよ』『お母様の着物を着たらいいのよ』っていうことを話すと、『素敵だと思いました』とか『成人式に母の振袖を着ます』ってレポートに書いてくれる学生も多いですよ」
打ち掛け6
若槻さんは「KIMONOドレス」のお客さんにも、色や柄に込められた意味や想いを伝えてきた。

「『自信持って着ます』って喜んでくれて、結婚式のときには、司会の人に色や柄の意味を書いて渡して、読んでもらうこともあります。そんな地道な活動を続けてきました」

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タグ: 生きがい のこすかち

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