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昨年の11月。「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」の愛称が、「人生会議」に決まったという発表が厚生労働省からありました。
「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」とは、本人はもちろん、医者や看護師などの医療・ケアチームと家族と繰り返し話し合い、本人だけでなく、医療・ケアチームも家族も納得の行く医療やケアをしよう!という取り組みです。
人生の最終局面で自分はどうしたいか。
人生100年時代と言われる今、人生の後半戦にどうしても懸念される終末医療は終活においてもエンディングノートに項目があったりと不謹慎なことではなく、本人と家族のために意思表示をしておくべきという考えも浸透しつつあります。
近年、終末期医療において、胃ろうや人工呼吸器など、延命治療の是非が問われています。何となく良くないイメージのある延命治療ですが、実際はどうなのでしょうか。
今回は、延命治療の中でも最も良くないイメージのある胃ろうについて、NPO法人「口から食べる幸せを守る会」理事長、小山珠美さんにお話を聞いてきました。
NPO法人口から食べる幸せを守る会理事長の小山さんは、現役の看護師さんです。
「本来は自分で食べる力があった人でも、脳卒中や肺炎などの大きな病気をすると、どうしても食べる力は衰えます。食べる力を取り戻すためには、姿勢を整えたり、口をきれいにしたり、誤嚥のリスクと対峙したりしなくてはなりません。
だからまだ口から食べられるはずの人なのに、医師は『食べる力が衰えています』と言って、胃ろうや人工栄養の点滴、鼻からチューブのみにしてしまう。
医療者側は、誤嚥性肺炎などのトラブルが怖くて医師の言う通りにする人がほとんどです。そのことに、長い間疑問を持ってきました。
医療者がやれることをやりもしないで、『無理だ』と判断する。人としての尊厳を逸脱しているように感じていました。『食べられる可能性がある人には食べさせてあげたい』そういう思いから、NPO法人「口から食べる幸せを守る会」を作りました」
一度「食べられない」と医師が判断した人に「食べさせましょうよ」と言うためには、食べさせるための知識と技術を身につけなくてはいけません。
NPO法人口から食べる幸せを守る会は、食べさせるための知識や技術がある人を1人でも増やしていきたいと考え、口から食べることを支援できる人材育成に力を入れています。
そして、口から食べることの重要性について社会全体で考えていくために、市民団体やメーカーさん、学会や研修会などと共働しながら、講演会や技術セミナーを開催し、口から食べられることや支援の価値を高めて行く活動を進めるほか、今現在、食べられる可能性があるのに食べさせてもらえない人たちの相談を受け付け、支援策を考え、アドバイスをしています。
医師が「胃ろうにしましょう」と言っても、胃ろうにしなくても良いケースはどれくらいあるのでしょうか?
「あくまでも現場で見てきた感覚ですが、ほとんどの高齢者は胃ろうにする必要がない人が胃ろうにしていると思います」
医師が胃ろうを勧めるのは、本人に飲み込む力がないと判断した場合か、一度誤嚥性肺炎を起こした場合が多く、「また誤嚥性性肺炎を起こす可能性がある。起こしたら重症化するので食べさせない方が良い」ということで、胃ろうを勧めるようです。
「胃ろうの適応そのものを、きちんと判断できる人材が少ないのが現状です。医師は、肺炎や脳卒中の治療はできますが、『どうすればその人が食べられるようになるか』という知識や技術は持っていません。だから看護師が知識や技術を持って、『こうすればできます』と言わなければいけません」
医師は基本的には治療の専門家。食べるためのケアやリハビリは看護師の領分です。
「看護師は、肺炎の治療はできません。でも、医師の治療だけでは、肺炎は治るかもしれませんが、食べる力を取り戻すことはできません。食べる力が衰えると、栄養状態や覚醒は悪くなり、唇や舌を使わないと、脳も衰えていきます。
これが廃用症候群です。医師による薬物治療と看護師によるケアやリハビリは、両輪であること。同時進行で、安全に食べるためのセラピーを始めることが重要です」
小山さんが務める伊勢原協同病院は、急患や重症な病気に対する治療や手術を行う急性期病院です。
同病院では必要に応じて、入院と同時に「食べるためのセラピー」を開始。そのため、脳卒中の方の場合で、生存者のうち約95%、肺炎の方の場合で80%は、食べることができる状態で退院しています。
同団体が開催するセミナーでは、口から食べる力が衰えている人に、どうしたら食べる力を取り戻せるか、知識や技術を教えています。
参加者は、看護師が5割。残りは、歯科医師、管理栄養士、言語聴覚士、介護士など。最近は、家族に「食べる力を取り戻してあげたい」という方の参加も増えてきました。
「家族が知識や技術を身につければ、胃ろうを止められる可能性が高まります。『ちゃんと身体を起こして、口をきれいにして、食べさせることを進めて、そこに私も同席させてください。それをしないで食べられないと言われても納得できません』と医師に伝えることです」
今は「リビング・ウィル」と言って、終末期の医療やケアについての意思表明書を用意するケースも増えています。冒頭で触れた、「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」という考え方も浸透してきています。
例えば、「親は、胃ろうや点滴だけ、鼻から管だけで生き永らえたくないと言っていました。どうせ永くないということならば、口から食べさせて命を全うさせてあげたいので、そういった方向で治療やリハビリを進めていただけませんか」と家族から言われれば、医師も考えてくれる可能性はあります。
大切なのは、家族が知識や技術を得て、対策を講じること。「おまかせ」では、延命処置をされてしまいます。一度胃ろうなどの人工栄養のみにされてしまったら、二度と口から食べることはできなくなります。
人生において、「食べること」が占める幸せ度は大きいです。
「実は、食べさせることをしてくれる病院は皆無に等しいのが現状です。そうなると、胃ろうや点滴、鼻からチューブの状態で退院となり、受け入れ先が病院や施設の場合、経口摂取を再開させることができない場合がほとんどです。
しかし、在宅介護か有料老人ホームで、そこの主治医が『受け入れていいよ』と言ってくれる人なら、私たち実技認定資格者が訪問して、リハビリすることができる場合があります」
入院先の主治医が食べさせるリハビリをしてくれないため、患者の家族が何度も頼んだら「気に入らないなら退院!」と言われたケースもあるそうです。
「医師に意見できず、患者や家族が泣き寝入りする社会をどうにかしたくて、2017年に本を出しました。口から食べられないという診断が下りたけど、どうしたらいいかの分からないではダメ。
『食べさせたい』と言うだけではダメです。家族を守るためには、家族がある程度の知識を得て、賢くならなければいけません」
本のタイトルは『口から食べる幸せを守る ー生きることは食べる喜び』。大切な人が口から食べられないことで悩んでいる人、医師から「胃ろう」の選択を迫られている人は、必読です。
「覚醒が常に悪い状態の方なら仕方がありませんが、良いときがある方なら、ちょっとアイスクリームやおでんの出汁を舐めさせるくらいならできます。
医療者は、誤嚥性肺炎が怖いのももちろんありますが、責任を持ちたくないというのが大きい。
だからこそ、家族が食べさせてあげる技術を持つことです。家族なら、『責任は自分が持ちます』と言えばいい。医療者は本来、家族と一緒に患者を支援するべき存在。最も大切なのは、『家族が諦めない』ということだと思います」
冒頭で触れた、「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」も「リビング・ウィル」もそうですが、「胃ろうが嫌だ」ということだけ訴えてもダメです。
結局、「胃ろうが嫌なら、点滴にしますか?鼻からチューブにしますか?」となってしまうだけ。
「食べ続けたい」という意思を医師に示しておける状況をつくることが重要です。そして、食べ続けたいけれどそれができなくなったときに、「自分はどうしてほしいか」というところまで決めておくことが求められます。
胃ろう、人工呼吸器、心臓マッサージ、電気ショック、鎮痛剤…。最近は、延命治療・延命処置と言っても、かなり細かく分かれています。
医療者でなくても、知識や技術を持つことは、自分だけでなく大切な人を守ることにつながります。もしものときは、いつ来るか分からないから怖いのです。自分の人生の最期について考え、先々のことについて家族で話し合っておくことが大切です。
(取材・執筆:旦木 瑞穂)
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