遠方に嫁いだ私にできる供養、年に一度のありがとう

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父と子どもたちの思い出のトマト

毎年夏休みになると、私たち家族は福岡県から実家の岩手県に帰省する。

父は庭においしい宝物をたくさん用意して待っていた。

ぷっくり実った完熟トマトをもぎ取り、庭でかぶりつくのが幼い子どもたちのお気に入りだった。

口のまわりと洋服はいつも真っ赤に染まって「また食べたのぉ?」と私が呆れると、「だって、うまいんだもん」とニンマリ笑う。

それを傍らで聞きながら、父は嬉しそうに目を細めていた。トマト、キュウリ、ナス、ピーマン。

夏野菜の数々は、不器用な父から孫への愛情表現だった。

長女が小学生になった秋、父の膵臓がんが発覚。冬休みに家族全員で見舞いに行った。

「おじいちゃん、じゃ、夏休みにね!」

「あぁ、夏休みにな」

明るく手を振りながら交わした会話が、私たちが聞いた父の最後の言葉となった。

遠く離れていても

あれから8年、子どもたちは中学生になった。

毎年夏休みには、母一人になった実家に帰省している。

家に着くと、子どもたちは真っ先に仏壇へ向かい、ろうそくの火を灯して線香をあげる。私の順番はいつも最後だ。

目を閉じて手を合わせると、あらためて感謝の気持ちがわいてくる。

子どもたちは今でもトマトが大好物。野菜嫌いとは無縁で育ってくれた。

普段は仕事と家事に忙しく、忘れてしまっているが、年に一度だけでも、心を込めてありがとうの気持ちを伝えることが、遠方に嫁いだ私にできる供養だと思っている。

Y・Kさん(福岡県・40代)

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