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道しるべ 第三回
「好きの力」×「行動」=人生を楽しく生きるコツ
大手新聞社からフリーランスに転身 武部好伸さん
大阪を拠点にエッセイストとして活動している武部好伸さんは現在63歳。40歳の時に大手新聞社を退職し、フリーランスに転身。その後22年間にわたって映画、ケルト文化、ウイスキー、大阪文化と幅広い分野の書籍を世に送り出してきた。
武部さんの転機は1995年の阪神淡路大震災にやってきた。当時、文化部にいたが会社の企画で各部署から集められた記者が長期で連載を持つことになり、そのメンバーとして現場を徹底的に取材した。そこでの功績から広島総局の次席への異動を打診されたが、これをきっかけに会社を辞める決心をする。
普通であれば喜ばしい話なのに武部さんにとってはそうではなかったようだ。
「映画が好きで好きで、映画は僕の生活の一部やった。だから何年間も会社におねがいして、やっと配属になった文化部がとにかく楽しくて幸せやった。だけど会社は震災時の僕の動きを見て『武部は文化部はもったいない」といってくれて、広島に行く話が出てしまった。また大好きな映画が見られない日々に戻ってしまうのは耐えられそうになかった。あと、組織の中でしがらみにとらわれて生きていくよりも1人でやっていきたいという気持ちがずっとあって、辞めるなら今と直感が働いた。会社には感謝してるし、嫌いとかじゃないねん。けど、人生1回やと思ったら、思い切ってレールから外れて『個人力』で生きていきたい。それなら40歳の今しかないと思った」
大企業内での出世話を辞退してフリーランス。勝算はあったのだろうか。
「それがなんにもなかったねん。○○新聞の武部でしか実績はない。個人名での実績はないし、あったのは『映画」『ケルト文化」『ウイスキー」、この3つが好きやったということだけ。1年間は失業手当も出るし、なんとかなるかと気の向くままアイルランドに取材したりしてゆっくりしてた。楽天家やねんよなぁ。」
兼ねてからフリーランスになりたいと思っていた武部さんの心の中はお見通しだったという奥様の二つ返事を得て、17年勤めた大手新聞社を退職し、新生活が始まった。
失業手当の支給期間を終えて、本格的に活動することになったが順風満帆とはいかなかった。
生活費のために、某政党の広報誌や医療関係の記事など記者時代に培った各分野への知見を活かして文章を書く日々が続いた。当初掲げていた3つのテーマの原稿を書く暇がなく、新聞社時代と変わらないものを書く自分に「こんなことではあかん」とアイルランドに再度向かった。
最初、本を出すのは大変だった。しかし、出版社に自ら営業活動を行ったところ協力してくれる会社に行き着き、自身初の書籍(商業出版)を出すことになった。それが『ウイスキーはアイリッツ』。
当時、ウイスキーの本といえばスコッチウイスキーが主流だった中、アイリッシュウイスキーに関する本は珍しく、出版できたことで少しずつ講演会の話などが舞い込み出した。
その後、武部さん自身が「本が名刺の役割を果たしてくれた」と言うように、得意分野である「映画」「ケルト文化」、そして生まれ育った「大阪」の本を出せるようになった。2017年11月現在で22冊、1年に1回ペースで本を出している。
順風満帆にみえるが、何か課題はあるのだろうか。
「印税だけではまだ食べていかれへんから依頼原稿の執筆、講演、大学講師とか5つくらいの仕事をさせてもらってるんよ。ベストセラーはまだないねんよなぁ。今はHow To本が人気みたいやね」
そう言いながらも原稿を書いたり、人前で話したり、20代の学生と語り合あったりする生活を楽しんでいることが伝わってくる。その笑顔が印象的だった。
企業に勤めている時のような金銭的な保証がない中、フリーランスとして新聞社仕込みの現場主義を信条にしっかり取材をして原稿を書いている武部さん。
ケルト文化やウイスキー関係は夫婦でヨーロッパに出向き、取材をして山奥や日本では知られていないような小さな町にも出向く。更に外国語の文献を翻訳して調べてようやく裏付けされた本を完成させる仕事はやはり楽しいばかりではない。
辛い時もあるが、続けている秘訣はあるのだろうか。
「ほんまにしんどいなぁと思う時もあるよ。でも、ある時気づいたのは、好きやから自分はやってるんやということ。『自分しかできへんことや』という使命感と『好き』が合わされば、どんなにしんどくても苦にならん。そしたらオールマイティやねん。逆に、しんどくて苦になるのなら、それは好きじゃないんやと思う。だから仕事の一覧表を『やるべきことリスト』じゃなくて、『やりたいことリスト』に最近はしてるよ」
武部さんの人生にとって欠かせない映画。きっかけは何だったのだろうか。
「こんなに好きになる前はハリウッド映画のアクションものとかを見て、映画はあくまでも娯楽やと思ってた。でも、黒澤明監督の『生きる』(1952年)を見て映画の力の凄さを知った。役所勤めの淡々とした日々を送る男が主人公。『この男は生きてるけれど、死んでいる』という冒頭から始まる。ある日、末期がんだと発覚して自分にできることを模索する。そして最期は自分で見出したやりたいことをやり遂げて亡くなる。これを大学2年生の時に見て衝撃を受けた。無為に過ごす自分とシンクロしていた。この映画を見て、『後悔しないように生きなあかん』ということを教えてくれた」
武部さんは新聞記者になったのも、この映画を生み出した「黒澤明さんに会いたい」と思ったことがきっかけだったそうだ。その後の学生時代では1年間で550本見たほど映画に魅せられていた。武部さんの人生にとって、映画は欠かせない存在になった。
また、ライフワークになっているケルト文化も1本のスコッチウイスキーとの出会いから始まり、ウイスキーにも夢中になった。
その「好きの力」が今も続き、生活の糧であり、生きがいにもなっている。
「縁の積み重ねが人生やと思う。」と武部さん自身が言うとおり、人だけでなく、モノやコトとの1つ1つの出会いに縁を感じ、大切にしてきたからこそ今の武部さんがあるのだろう。
人生100年時代といわれる今。残りの人生をどう生きるか。
「たぶんこの調子でいくんちゃうかなぁ。75歳くらいでやっとギアチェンジしてペースを落とすかもしらんけど、書くことは続けてると思う。あとは趣味のギターをグレードアップして前々から挑戦したいと思ってたジャズギターをやってみることかな」
肩肘をはらず、自然体で自分の心の声に素直に向き合って生きている姿は理想的ともいえる。最近は定年を間近にしたかつての新聞社同期や同世代から定年後の生活について相談を受けることもある。
「同期生からは『武部みたいにでけへん』とよく言われるけどそんなことない。僕は確かに特殊なんやろうけど、とにかく好きやと思うことをやってきてほんまによかったと思う。まったく考えないのはただのアホ。しかしマイナス思考になるほど考えすぎるのはよくない。考えすぎる前に行動してみるのが大事。失敗したらどうしようとか、今更そんなことしても意味ないとか思うのはやめて、まずは行動。やってみてあかんかったら学習してまたチャレンジすればええやん」
武部さん自身も昔は考えすぎてマイナス思考になり、失敗したこともあったという。だからこそ、セカンドライフについて悩める同世代を見ると声をかけずにはいられない。
「人生1回きり。与えられた人生をちゃんと生きやなもったいない。昔はよかったと懐かしむよりも、身体が健康なうちは日々前を向いて行動あるのみ。健康のためにも、楽しく生きるのが身体にいいと思うねん。プライドを捨ててアホになってなんぼ。そして寛容な気持ちを持てば、新しいことも価値観が違う人とも楽しくやれる」
最後に、映画エッセイストである武部さんが悩んでいる同世代の友人におすすめしている映画を教えてもらった。
『愛を積む人』(2015)
アメリカ文学を邦画化したもの。定年した男性が夫婦で北海道に移住したところからはじまる。主人公の男性は自分の人生はもう終わったかのように何もしない日々を過ごす。しかし、妻が地域とつながりをつくる様を横目に焦りを覚え、ある行動に移す。
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定年退職のこと
地味に忙しい幸運体質の編集人
解体に関する記事の監修者
ライター・ディレクター
大人のためのbetterlifeマガジン
ライター・レポーター
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